対抗要件・背信的悪意者1

権利の対抗

Ⅰ.対抗要件とは?

1.対抗要件の基本的な意味

対抗要件とは、自分が取得した権利を第三者に主張するために必要となる条件をいいます。

  • 不動産:登記(民法177条)
  • 動産:引渡(民法178条)

例:Aが所有する土地をBに売却し、さらにCにも売却した場合
→ 登記を先に備えた方が第三者に対抗可能
→ 登記がなければ「自分が先に取得した」と言っても通じない(対抗できない)


2.条文の確認

(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

(動産に関する物権の譲渡の対抗要件)
第178条 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。


Ⅱ.意思主義とその限界

民法176条では、当事者の合意(意思表示)だけで物権変動は有効に成立します。

(物権の設定及び移転)
第176条 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

つまり、売買契約が成立すれば、登記がなくても物権(所有権)は移転しています。ただし、第三者に主張するには対抗要件(登記や引渡し)が必要です。


Ⅲ.「第三者」とは誰か?

民法177条の「第三者」とは、単なる当事者以外の人ではなく、以下のような意味で解釈されています(判例・通説):

「当事者およびその包括承継人(例:相続人)以外の者で、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」

「第三者」にあたらない者の例

  • 無権利者
  • 不法占拠者・不法行為者
  • 背信的悪意者(←後述)
  • 所有権が転々と移転した場合の前主
  • 登記妨害者(詐欺や強迫で登記を妨げた者)


Ⅳ.対抗関係とは?

2人以上が相互に「第三者」となりうるとき、対抗要件を先に備えた者が優先されます。このような関係を「対抗関係」といいます。

例:AがBとCに同じ土地を二重譲渡した場合
→ BとCの間には対抗関係が生じる
→ 登記を先に得た者が優先される(到達順が重要)

背信的悪意者とは?

1.定義(判例)

背信的悪意者とは、物権変動の存在を知りながら、社会的に許容されない不当な目的で自己に登記を備え、先行取得者を害する者をいいます(最判昭和44年1月16日)。

要件整理(2つの要素)

悪意:先行取得者の存在を知っていた
背信性:信義則に反するような不当な目的があった(登記妨害・意図的な害意など)

【図解】
A(土地所有者)

├──→ B(先の買主、未登記)

└──→ C(Bの存在を知りつつ、Bを困らせる目的で買受&登記)

          ↑

       背信的悪意者


この関係では、Cは「背信的悪意者」として保護されず、Bは登記がなくてもCに自らの所有権を主張できます(信義則違反による「第三者」性の否定)。


2.背信的悪意者の判断要素(実質的判断)

  • 相手の登記を妨害した事実があるか?
  • 通常価格と著しく異なる価格で買い受けているか?
  • 信頼関係を裏切るような事実があるか?
  • 単に知っていた(悪意)だけでなく、困らせようとする積極的な動機があるか?


3.背信的悪意者と転得者との関係

原則:背信性は一身専属(波及しない)

→ 背信的悪意者CからDが土地を譲り受けた場合
→ Dが善意・無過失であれば「第三者」にあたり保護される(最判昭和42年6月27日)

【例外】
Dが形式上は善意者から譲り受けたことにしているが、実質的にはCの背信性を隠す手段である場合(名義貸し・わら人形)
→ 実質的背信性に基づき「第三者性」を否定される場合あり


4.逆パターン:善意者から背信的悪意者が譲り受けた場合

この場合、前主(善意者)が確定的に権利を取得していれば、転得者の善意・悪意にかかわらずその権利移転は有効。

→ ただし、転得者が背信性を持っていた場合、その第三者性が否定される可能性は残る
→ 実質的に信義則に反すると認められる事情があれば、例外的に対抗できるとされる余地がある


第三者性の分類と保護の可否

類型

第三者性

理由

善意の第三者

正当な利益に基づき取得

悪意だが背信性なし

悪意でも信義則違反でなければ保護

背信的悪意者

信義則違反により保護されない

背信的悪意者からの善意転得者

一身専属的性質のため背信性は波及しない

善意者を装った形式的中間者を介在させた者

実質的に背信的悪意者と評価され、第三者性は否定され