共同不法行為
不法行為
Ⅰ.不法行為とは?
● 意義と役割
故意または過失によって、他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う
→ 民法709条
これは、加害者に罰を与えるためではなく、損害を受けた者を金銭等で回復させるという「私法上の救済」制度です。
● 条文確認
(不法行為による損害賠償)
第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
Ⅱ.不法行為の成立要件(一般不法行為)
不法行為の成立には、以下の5つの要件が必要です。
要件 | 内容 |
①責任能力 | 自己の行為の法的責任を理解できる能力(民法712条) |
②故意または過失 | 故意:わざと/過失:不注意や注意義務違反 |
③権利・利益の侵害 | 身体、財産、名誉、プライバシーなど |
④損害の発生 | 財産的・精神的損害など金銭評価可能な損害 |
⑤因果関係 | 損害と加害行為に相当因果関係があること |
● 要件1:責任能力(民法712・713条)
・未成年者:原則として能力あり(12歳程度が一つの目安)
・精神障害者:判断能力を欠くときは責任能力なし
➡ 責任能力がないと709条責任は負わない
ただし、監督義務者が714条で責任を負う場合がある(後述)
● 要件2:故意・過失
- 故意…損害を与えることを認識しながら行う
- 過失…結果を予見可能だったのに、相当な注意を怠った(注意義務違反)
➡ 故意・過失のいずれかがあれば成立。民法上は過失責任主義
● 要件3:権利・利益の侵害
- 具体例
- 身体・生命の侵害(傷害・死亡)
- 財産権(モノを壊された、金銭をだまし取られた)
- 名誉・プライバシー(誹謗中傷・写真の無断掲載)
✏️覚醒剤の購入機会を奪われた…など違法な利益は保護されない(判例あり)
● 要件4:損害の発生
損害は「損害賠償の対象として金銭的に評価できるもの」。
類型 | 内容 |
財産的損害 | 治療費・修理費・休業損害など |
非財産的損害 | 精神的苦痛(慰謝料) |
積極損害 | 実際に出費した損害(入院費など) |
消極損害 | 本来得られたはずの収入が得られなかった損害(逸失利益) |
● 要件5:因果関係
- 加害行為と損害の間に条件関係+社会的相当性が必要
- 「行為がなければ損害がなかった」といえること(条件説)
判例は「相当因果関係説」を採用(最判昭和50年7月10日など)
過失相殺(民法722条)
過失相殺の意義・要件
過失相殺とは、不法行為に基づく損害賠償において、被害者側にも損害の発生・拡大について過失がある場合、その過失の程度に応じて賠償額を減額する制度です。
また、被害者本人ではなく、被害者と「身分上・生活関係上一体をなす者」(例えば幼児とその親など)に過失があった場合にも、それを「被害者側の過失」として考慮して、過失相殺が認められます。
【条文】
(過失相殺)
第七百二十二条 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して損害賠償の額を定める。
2 損害の発生又は拡大について被害者に過失があったときは、裁判所は、加害者の故意又は過失の有無を考慮して、これを減額することができる。
【具体例】
親が制限速度を超えて運転し、同乗していた幼児が事故で負傷した場合、事故の加害者は、被害者である幼児の親の過失を被害者側の過失として主張し、損害賠償額の減額を求めることができます。
(参考判例)
最高裁昭和41年11月18日判決(民集20巻9号1945頁)
共同不法行為と過失相殺
Ⅰ.共同不法行為の要件(民法719条)
(1)基本的な構造
民法第719条第1項は、以下の2つの類型を共同不法行為として扱い、連帯責任を認めています。
① 狭義の共同不法行為
➡ 数人が共同して加害行為を行った場合(例:共に暴行を加えたなど)
② 具体的加害者不明の共同不法行為
➡ 誰の行為によって損害が発生したか不明だが、いずれかの者の行為によることが明らかで、全員の行為が損害の原因となっていると評価できる場合(例:複数人によるゴルフの打球事故)
▶ いずれの場合も、各人に不法行為要件(加害意思または過失、因果関係、損害、違法性)が必要であり、それぞれの行為が独立して要件を満たしていることが必要です(大判大8.11.22)。
(2)意思の連絡は不要
刑法上の共犯(共謀・共同実行)とは異なり、共同不法行為においては、加害者同士の意思連絡や共謀は不要です。客観的に複数の行為が一体となって損害を引き起こしていれば足ります。
(3)責任の性質:不真正連帯債務
共同不法行為に基づく損害賠償債務は、民法上の連帯債務ではなく、「不真正連帯債務」に分類されます。
▶ 各共同不法行為者は被害者に対して損害の全額を賠償する義務を負い、一部の加害者に対する免除が他の加害者には影響しません。
▶ 加害者間では、最終的には責任割合に応じた求償が可能です。
(4) 要件まとめ
要件は以下の通りです:
- 各行為者が個別に不法行為の要件を満たしていること
- 各行為者の行為に客観的関連共同性があること
Ⅱ.共同不法行為と過失相殺の関係(民法722条2項)
(1)過失相殺とは?
被害者側にも損害発生について過失がある場合に、損害賠償額を減額する制度です。
→ 被害者の過失を考慮することで公平を図るためのものです。
(2)ポイント整理
① 共同不法行為においても、加害者と被害者の関係に応じて、それぞれの加害者との間で個別に過失相殺を行うことが原則です(最判平13.3.13)。
② 責任そのものを否定するものではなく、あくまで賠償額を減額する制度です。
③ 被害者の過失には、本人だけでなく、生活関係上一体とみられる者(例:監督者や同乗者)の過失も含まれます(最判昭42.6.27)。
④ 被害者が障害や疾患を有していた場合、それが損害の発生や拡大に関与していても、原則として過失相殺の対象とはなりません(最判平8.10.29)。
例外的に、疾患等が損害の発生に密接に関係していた場合には類推適用され得ます(最判平4.6.25)。
Ⅲ.まとめ
- 民法719条は、共同不法行為に該当する複数人に損害の全額を連帯して賠償する責任を課します。
- 各行為者の行為が、客観的に損害の原因となっていれば共同不法行為に該当します。
- 損害賠償額については、被害者に過失があれば加害者ごとに個別に過失相殺が検討されます。
- 不真正連帯債務として、一部の者が全額支払っても、他者への求償が可能です。